まじめ化が進んでいる…んですね。
身の回りでも確かにそうかも、と思うことは多いです。
日経新聞より。
(会員限定記事となっております。ご了承ください)
この記事は、尾嶋史章・同志社大学教授による報告です。
尾嶋教授らは兵庫県内の高校十数校の3年生を対象とした調査を、
1981年から40年以上継続し、分析を進めてこられました。
調査は第4次まで行われていて、初回が1981年、第2次は1997年、
第3次が2011年、第4次が2022年の実施となっています。
その結果から読み取れる高校生の変化とは。
第3次調査以降にみられた90年代からの大きな変化は、それ以前の高校生とは異なる姿だ。勉強や部活動に熱心で、クラスメートとも協調して物事に臨む「優等生的」な生徒が増えた。
第1次・第2次調査では「授業や勉強に熱心である」と回答した生徒は3割台にすぎなかったが第3次では56%に達し、第4次でも5割以上を保っている。
授業に充実感が「いつもある」「しばしばある」という生徒も第2次以前は2割程度だったが、第3次以降は半数近くまで増えた。部活動に熱心な生徒が増加し、遅刻や校則違反をするような生徒は減少した。
上記以外にも、「コツコツ努力して仲間と協調し、
進路を決めるときに親や教師の意見を十分聞こうとする態度も強くなっている」
とのコメントが記事には書かれており、
安定志向で学校に適応する「良い生徒」の増加が顕著だ、
と筆者は述べておられます。
確かに自分が高校生だったころとはその像が変わってきているようです。
そしてもう一つ、第4次調査からみえてきたのが「進学動機の変化」。
大学進学希望者に限ってみてみた場合、
「学生生活を楽しむ」「自分の進路や生活を考えるための時間」
を選択する生徒が減少する一方で、
「希望する職業に必要」「進学する方が就職に有利」
を選択する生徒が増えているそうです。
そして女子では「教養を身につける」が減少。
モラトリアム志向や教養志向が弱くなっている、と筆者は分析しています。
こうした意識変化も、先のまじめ化と軌を一にしているようにみえる。まじめ化と同時にみえてくる特徴は、進学するに当たって家計の状況を強く意識するようになっていることだ。
このところ所得は上向きとはいえ私立大学の授業料は上昇を続けている。このような状況下では大学進学も明確な目的を求められがちだ。2000年ごろを境に貸与奨学金枠が拡大し、受給者が急増した。
それは進学機会を保障したと同時に、経済面での心理的な圧力を高校生に与えることになった。このことは、進路選択に際して家から通えることを重視する生徒が第3次以降で増加していることとも符合する。
ここへきて、まじめ化の根底に家計への配慮があるかもしれない、
という見解が示されています。
なるほど、私自身も身内からそのような配慮を感じたことがあります。
本人に尋ねても、そんなつもりはない、との返答が返っては来るのですが…
果たしてこれをどう受け止めるべきか。筆者はこうおっしゃいます。
モラトリアム志向の低下は早期に自己が確立された結果と喜ぶこともできる。だが、家庭の厳しい経済状況や高校卒業前に奨学金の借り入れが決まる環境下では、早期に目標を定めてまじめに勉強すべきである、という義務感の反映のようにもみえる。
(中略)
「まじめ」さは何かを成し遂げるための活力になる。天才といわれるスポーツ選手でも「まじめ」な努力なくしては大成しない。
しかし、目標を早くに決めて目的合理的に進学するだけだと大学教育の意義は半減するのではないだろうか。目的を持つと同時に進学後に多様な経験をして自分を見つめ直す機会だと本人が意識すること、また教師や親がそうした「ゆとり」を持たせてやることも今の時代には重要になってきているように感じる。
貴校園で学ぶ子どもたちにもひょっとすると、
この記事にあるようなまじめ化がみられるかもしれません。
まじめ化は、社会の変化が子どもたちに強いた面もある、と私も思います。
この変化を見続けてきた筆者は、
高校生の変化には社会の変化がいつも反映されていると、
データを分析するたびに感じるそうです。
高校までの学びの中で、
人生の楽しさの一片でも感じ取れる機会があればと願うばかりです。
それを実現できるカリキュラムを、ぜひ貴校園でも。
(文責:吉田)