貴校園ではPTAの活動、いかがでしょうか。
中には苦心されているケースもあるかもしれませんね。
そしてそれがコロナ禍でどうなったのか…
こんな提言が掲載されていました。日経新聞より。
(有料会員限定記事となっております。ご了承ください)
新型コロナウイルスの流行は、さまざまな組織の存在意義を問う機会となった。私が会長を務める小学校のPTAもその一つだ。コロナ禍以前のPTA活動は前例踏襲主義が強く、任意といいながら実態としては強制的な拘束力を帯びる活動であった。全国を見渡すとごく一部、本当の任意活動に転換するPTAもあったが、多くはなかなか踏み切れずにいた。
この記事を書かれたのは公立小学校でPTA会長を務める方です。
その小学校でもコロナ禍で活動が止まり、
従来年度初めに行っていた各委員や係の分担ができなくなったため、
本部役員のみでの企画運営に舵を切ったものの、1学期が経過し、
「あれだけ保護者の負担になっていたPTA活動なのに、
やってもやらなくても誰も困らない」ことに気が付いた、とのこと。
同じ思いを持たれているPTA関係者、学校関係者は多いかもしれませんね。
約40年の学校の歴史をさかのぼり、昔のPTA活動を調べてみると驚いた。40年前と、コロナ禍の前まで行っていた活動内容のほとんどが同じなのだ。共働き世帯の増加など時代は大きく変わったにもかかわらず、PTAは全くといっていいほど変わっていない。
PTAの委員や係はほとんどが1年ごとに入れ替わる。任にあたった保護者は活動の意義に思いをはせることなく、無難にやり過ごし、次の保護者に引き継ぐことに重きをおく。活動内容に変化がないのはこのためだろう。
PTAに限らず、組織の存在意義について考えさせられる文章です。
とりあえず自分の時に無難にやり過ごす、というだけに陥ると
組織自体が必要ないものになってしまう…
貴校園内にもそんな組織はないでしょうか。
ただ、筆者は「PTAをなくせばよいというのは早計だ」と警鐘を鳴らします。
子どもたちをとりまく課題に直面したとき、
PTAはその必要に応じて保護者の声を集約し、
教職員や学校外の地域に届ける存在なのだ、と。
そのことを実現するために、筆者はこんな行動をとられました。
私たちのPTAでは、強制活動の主因である専門委員や係の全てを廃止した。その時々に必要な活動を話し合い、活動ごとにボランティアを募る方式へと転換し、前例踏襲を脱却。コロナ禍を機に「できる時に、できる人が、できることを、楽しみながら」を理念とした組織に進化を遂げた。
PTAのみならず、組織の存在意義を問い直し、
それを実現できる組織へと変えていくことの大切さを教えてくれた、
今回の記事でした。
(文責:吉田)