寝ても覚めても学校のこと。~学校経営の経営課題(人事・財務・募集・施設などなど)について考えるブログ~

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ネット地図、編集者は私 観光や防災情報など自由に書き込み

 本日の記事は(株)ワイズコンサルティング児島が配信いたします。

 

ネット地図、編集者は私 観光や防災情報など自由に書き込み:朝日新聞デジタル

 インターネット上には自由に編集できる地図サイトがあり、記事によると世界50か国200万人が利用しているサービスだそうです。

http://gigazine.net/news/20140303-openstreetmap/
こちらもご覧いただくと、そのユーザー数はうなぎ上りなのがわかります。

 ユーザー数の増加を反映してか、テーマを作って地図を編集していく集まりがあるとのこと。自動販売機からAEDや消火器といった防災設備の設置場所を調べていくパーティが催されてきたそうです。

 記事では東京都調布市で行われたパーティの模様も紹介されています。

その日のテーマはトイレ。参加者約20人は4組に分かれ、図書館や公園、スーパーなどを巡った。和式か洋式か、洗浄便座はあるか、車椅子は利用できるか--。

 地図を何に役立てたいのかは人によって、または見る角度によって違っているはずです。だからパーティが流行っているに違いありません。同じ場所でも見る人によって気づくものが異なるのは面白く感じます。記事では参加者の方も「生まれも育ちも調布だけど、こういう視点でまちを見たのは初めて」と言っています。

 そこで私は、児童であったころ学校の、L字型の窪んだ場所を眺めたことを思い出しました。電気設備の小屋が向いにあって暗く、あまり誰も立ち入らない場所でした。しかしその何もないと思っていた日蔭の植木に手を入れた跡や、以前はなかった配線の補修跡があることに気付きました。自分たちが知らない間に誰かがこの学校を作ってくれている。こんな誰も入らないところでさえ手を入れているなら、自分たちの教室もきっと知らない間にきちんとされているに違いない。当たり前過ぎることなのに、実感して妙な感動を覚えたものです。

 大きな一枚の紙を広げ、生徒も先生も、職員も保護者も区別なく皆で自由に地図を描いてみたら、どんな学校ができるでしょう。はたまた、先生と生徒、それに事務の方々ではそれぞれ描く地図は変わったものになるでしょうか。これは自分が学校の中にいる立場の人間ならば一度やってみたいと思うことです。

 もしテーマが正確に学校の地図を作ることなら、建物や土地の作りについて誰も気にも留めなかったようなことを描いてくれる人がいるかもしれません(私は例の日蔭で見たことをたくさん描いたでしょう)。 反対に、現実を無視して自分が想像する学校を自由に描いていけば、それはとても混沌としたものになりそうですが、中には本当にこれからの学校に必要なアイデアが描かれているかもしれません。

 紙が一枚あればできることなので、試してみませんか?


 ところで最近私が感銘を受けたのは、ある会議に陪席をお許しいただいた折に拝聴した「我々は学校に集まることの意味を考えなければならない」という議論でした。ただ知識を得るだけでは集まる意味ということの答えにはならないはずです。マップイベントを主催した人の「世界中のどこにもない地図を作る喜びがある」という感覚。これは世代や地域を超え学校に集まる人々も、その集まることの意味を考える上で、一度は抱くべき感覚なのかもしれません。